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滞在制作にあたって
日本に行ったことがないので、私の作品は出発とともに始まります。バスからエレベーター、エスカレータを乗り継ぎ、飛行機に乗って、そしてついにアーカスに到着します。隠喩的にいえば、地球規模の旅をしてどこでもない場所から、守谷という特別な場所に到着します。この観点は、ゲストであり探求者である私のアプローチを決定的に規定するものですが、単にローカルなものを越えて拡張しうるプロジェクトの範囲を開いてくれるかもしれません。それ自体が世界中に浸透している「文化」に携わっているわけです。 |
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ダニエル・サイプルは、現代社会にみられる様々な「境界」―物理的・地理的なものから社会的なもの、精神的なものまで―を捉えなおす作品を制作してきました。境界を可視化すること、境界を越えること、境界をずらすこと、境界を無効化すること、あらたに境界線を引き直すこと。そういったプロジェクトが、さまざまなメディウムを駆使し、その場の状況にあった方法で展開されています。守谷でも同様の視点から地域を捉えた作品に取り組む予定です。
<審査員のコメント>
間違いなく、リストの中で最も魅力的な作品プランです。頭でっかちになったり堅苦しくなったりしない芸術の様々な先行例を参照しており、私は極めて高く評価しました。さりげない表現の数々も、極めてユニークな語りのセンスの証左になっています。フィッシュリ&ヴァイスのようですが、もうちょっと危険を引き受けていて、作品の切れ味もラフです。私が、こんなにも自然と好きになる作品に出くわすのは珍しいことです。もっと早くに出会いたかったと思いました。
ティルダッド・ゾルガダ
バスでドライブをしている作品からわかるように、場所とそれがもつ限界とアーティストのオリジナルな意図が拮抗して決定される何かへと、ある物語が広がっていくところにダニエル・サイプルの作品の特徴があるように思えます。素敵なバスでの快適な走行を目的としていたものが、旅と語りについてのほとんど閉所恐怖症的な体験へと変わっているのです。移動するバスがツーリスティックである一方で、「バスツアー」自体は歴史と場所の複合性と絡み合ってゆきます。作品「泉」でサイプルは自然な湧水現象をあえて作ることで、土地や所有価値を増大させる際のありふれた戦術を模倣し、それによって彼の政治的な主張を視覚体験へと変換しているのです。
ヘルムト・バティスタ
ダニエル・サイプルの作品はコンセプチュアルなアプローチを土台とし、表象、時間-空間、生きられ感受される芸術経験といった観念にまつわるアートの歴史に特有の「道具」を使用しています。また、可能なかぎり多様な体験者に対する説明やストーリーボードを提示しながら、作品自体はフォーマルで指示的なものにもなっています。ある場所における作品が彫刻的な空間になると同時に、作品が産まれ、経験される場所がその限界の存在が強調されることによって明らかにもなっています。詩的であれ政治的であれ、活動の場所における作品の分節/節合化が、空間を使用し共有するという考え方に固有な知覚を提起するポテンシャルを持っているのです。成功するかどうかはともかく、作品の洗練が起こりうる成果と同じくらい重要なものになります
アブドラ・カルム